まぼろしのきのこ

おれのきのこをみてくれ それもまぼろし

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

カメラforきのこ

大学できのこを見つけて、写真にとろうとしたら、カメラが壊れていたので、早速購入。

中古で。

リコーのR8です。
SN360030.jpg

色々あるのですが、このカメラの一番いいところは
近づいて大きく撮っても、ピントが簡単に合うところ。
こういうのをマクロ撮影というらしい。

きのこをやるものにとってこれは大事。
以前のパナソニックはこれがダメだった。
RIMG0033 (2)
以前はこういう写真をとるのに15枚くらいとらないと、ピントが合わなかったから、よかった。

RIMG0003 (3)

RIMG0024 (3)
11月28日 自宅近く

寺田寅彦に言わせると、世界は「割れ目」で出来ているらしい・・・瓜



スポンサーサイト
  1. 2009/11/28(土) 22:12:19|
  2. きのこ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

Lifeリスナー外語大に集合!

TBSラジオにて月一で絶賛放送中の番組「文化系トークラジオLife」

そのパーソナリティ鈴木謙介(通称ちゃーりー)がトークイベントをやるみたいです。



日時:12月5日(土) 午後3時から6時
場所:東京外国語大学 大学会館 大集合室

「"規範なき現在―model失効社会のネクストフェイズに"」

出演:萱野稔人 × 鈴木謙介

「いい学校、いい大学、いい会社。」
与えられたこのライフコースと、実際の社会・経済との間には、
「ズレ」が生じているのではないか―。
現代を生きる若者を 覆う、規範と実際のこのズレについて、
萱野稔人と鈴木謙介が鋭く切り込む3時間。
東京の隅っこに佇む東京外語大から、現代を生き抜く「知」を届けます。

主催:東京外国語大学サークル現代思想研究会
詳しくは、こちらから → 【「現代思想研究会」公式ブログ】

※会場ではLifeオリジナルTシャツの販売も行います。
番組支援のため、ぜひお買い求め下さい!

《告知》 東京外国語大学のサークル主催トークイベント




興味のある方は是非に・・・


ちなみに以前書いたいわもとQですが、

今週(11/28)の「ウィークエンドシャッフル」でつ・い・に特集されます!みんなで聞こうね!!
◆11時からの特集「サタデーナイト・ラボ」は...
「番組プロデューサー橋本presents 2本立てSP!! 
"『いわもとQ』のことを悪くいう奴& 『ランク王国』のことを悪くいう奴は俺がブッ殺す!"」特集

ということで勝手にテーマソング
今、日本一売れてるグループEXILEが非常に正しい金の使い方をしている最高のPV。(歌は少しも頭に入ってこないけど。)
EXILE POLICEが悪党どもをぶっ殺しまくります!



TBSラジオリスナーの(S)
  1. 2009/11/26(木) 06:51:03|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

世界の青木

きのこをはじめて「青木実」を知りました。

きのこ=人生にしてしまった人です。
人間ここまでやらなきゃ本当じゃありません。

ちなみに彼が使っていた顕微鏡は、中学校の実験で使うようなものでした。
僕らの希望です。

僕は、自分の生きる線を、最新設備の整ったところで研究している大学教員ではなく、
青木実に見ます。

以下、インタビューを無断転載します。強調は引用者

--------------------------------------------------


「日本きのこ検索図版」誕生秘話
青木 実:インタビューで明らかになったこと
高橋 博

青木実さんのプロフィールをうかがえる資料は少ない。日本きのこ同好会が発行した資料の1 つである「キノコニュース」No.60(1970.3.1発行)には、「自己紹介」なる文章が載っているが、ひょっとするとこれが唯一かもしれない。
2004 年7月から2005 年2月にかけて5回ほど、浅井郁夫さんらと青木先生宅へおじゃまする機会があり、うち4回分のインタビューを録音した。このときのナマの語り口を生かし、子ども時代から「日本きのこ検索図版」完成の頃までの足取りを簡単に辿ってみたいと思う。青木さんの記憶が紡ぎ出した肉声以外に裏付け資料は何もないので、かなりアバウトなプロフィールと受け止めていただきたい。(以下、敬称略)

人格は継母に強く影響され形成された

大正13 年(1924)1月1日、青木実は滋賀県の城下町・彦根に、男ばかり4人兄弟の末っ子として生まれた。父は刺繍を生業としていた。
「貿易刺繍といってね、刺繍で風景なんかをね、色の糸でね、額入りの絵をね。いまは刺繍っていうと、額もあれば着物にする刺繍もあるけどさ、主として僕の親父がやってた頃はね、額に風景をつくるわけだ。外国人によく売れたそうだ。横浜とかそういうところで」
実を産んですぐに母は亡くなったため、母の顔を知らない。父はまもなく再婚した。
「知ってるのは僕をいじめにくる継母ですよ。継母は僕を嫌っていたから、食べることでいじめられるわけ。お菓子なんか食べてると取り上げられるし、食事するときも睨みつけられながら食ってた。だから、人といっしょに食えないわけですよ。一人になってやっと食べられる」
その頃のトラウマは一生残った。
「衛生研究所に勤めてたでしょ。たまに出張があると、みんないっしょに行くわけさ。するとむこうで、ご飯出してくれるでしょう。みんなの前で箸もつけないわけにいかないから、仕方なくちょこっとだけ食べるわけ。みんながそばで食べてるとさ、食べても味が全然しないんだ。食べた気がしない。だから、もういっぺん食べ直ししなきゃならん、あとから(笑)。それが80 歳になってもまだとれないんだ」

人との付き合い自体を僕は知らない

父と後妻の間には女の子が生まれた。実は10 歳ほど年下の妹の子守を押し付けられ、このことがまた、一生続く孤独癖のタネになったようだ。
「もともと人付き合いがお好きでない?」
との質問に対し、青木はこう語っている。
「僕はだいたい人間関係についてはね、よくないことが多くてね、ま、僕が悪いことしたかもしらんけどさ。僕は悪いことされることはあってもね、いいような思い出ほとんどないわけですよ。だから僕は、きのこの専門家にしても名前を知っているとか会ったことがあるという程度でね、付き合いなんてほとんどしてない。それと、だいたい付き合いのルールだとかさ、だって付き合ってないからルールもあまり知らんわけでしょ。そういうことだから人付き合いはほとんどないし、だいたい子供のときからね、僕は人付き合いはしないように育てられたわけ。というのは、朝から晩まで妹の面倒みるわけ。妹の子守に自分の人生をとられたわけさ。
僕は学校行って勉強も何もできないからさ、成績も良くないと。中学校入ってね、1 年生の最初のね、成績は150 人中143 番ですよ。
そしたら次男の兄貴がびっくりしてね、兄貴たちはみな優等生でしょ。我が家に恥が出来たと、我が家には偽物が、出来損ないができたと。あいつは人間じゃないと。兄貴は子守なんかしないで勉強するわけでしょ。だから成績はいいですよ。長男はもちろん成績よかったけど病気になったからね。
あと次男、三男はね、中学じゃだいたい3位以内か、優等生でしょ。次男ていうのは一橋大学出たでしょ。で、三男というのは一橋大学出て一橋大学の教授になったんだから。
ところが僕になるとね、中学しか行ってない。
だから出来損ないがね、我が家の恥だと。出来損ないが我が家には一人いると言って、人間として扱われない。だから同じ親から生まれた兄弟といっても兄との関係はほとんどないですよ。
妹との間は、逆に押しつけられたわけでしょ、子守を。で、妹はそれを利用してね、こっちにできないことを注文してくるわけだ。
すると、すぐに告げ口するわけだ。そうすると継母が僕をいじめる。食べ物与えないとか、いじめてくるわけだよ。そうすると結局僕は妹からも排除されるし、兄貴からも排除されると。だから家庭内に人間関係がない。だから小学校行ってるときから友だちと遊ぶなんてことしたことがないんですよ。させないんだから。家帰ったら子守とか家の仕事に使われるわけでしょ。それで、だから人と付き合ったことないから、人との付き合いそのものを僕は知らないんですね

長兄がキノコの世界に導いた

脊椎カリエスで療養していた長男だけは、実を可愛がった。きのこに興味を持つきっかけを与えてくれたのも長男だった。
「長男の病気がだんだん悪くなって、家では面倒みれなくなってね、長野県の富士見高原に病院があってね、そこへ、富士見高原に家を建てて、そして付き添いのおばさんを雇って、そこで寝たきりでね、ずっといたわけですよ。僕らがときどき遊びに行くのはね、中学生の時、行ったのはそこなんだ。諏訪湖の近くでね。そこできのこにぶつかったというのはね、村の連中が秋になるとぞろぞろきのこ狩りに行くわけだ。そしてね、兄貴は寝てるけれどもね、いろんな知識を得ようとするわけ。きのこについても、僕らにきのこの本を買っておいてくれたわけだ。自分も見るでしょ。その当時「応用菌蕈学」っていう本があったんですよ。こんな厚い、きのこはほんの一部だけどね。それと今関さんのこんな小さいやつがあったんだ。それを兄貴と僕はよく見てたんだ。そして、村の人が採ってくるでしょ。付き添いのおばさんも採ってくるでしょ。それを家の縁側に並べて干してあった。で、兄貴も自分は動けないんだけどさ、図鑑なんか見て、2人でいっしょに調べてるわけだ。それが最初だね」
ただし、中学1~2年の頃はきのこよりも園芸に対する関心が強かったようで、知人からもらった1本のヒモサボテンをきっかけに、サボテン栽培に熱中した。が、あるとき継母に全部捨てられてしまったという。
「カボチャを育てたときも母親の憎しみをかった。知らん顔して下駄履いて、カボチャの実の受精したとこ踏みつぶしていく。こりゃ家の中は何やっても全部やられると。それで中学3~5年の頃は野草観察のほうへいった。野草は理科の先生が採集会やるわけですよ」

戦中に日本共産党に入党

学校嫌いの青木少年であったが、野草観察の課外授業だけは楽しかったようである。中学を卒業して1~2年はきのこ採集をするが中断。太平洋戦争が終盤に近づきつつあった時代で、きのこ研究どころではなかったのだろう。
長兄の持っていたマルクス主義関係の書籍を読み、傾倒していたようだ。兵隊検査を受けた20 歳前後の頃、徴兵を逃れて上京する。上京してまもなく終戦となり、園芸の趣味を生かして種苗会社に就職しようとするが、「出征した社員たちが復員して職場に戻ってくるので、雇う余裕がない」と不採用に。やむなく私鉄に就職して鉄道員(改札係)になる。また、この頃共産党に入党する。
「政党に入ったというのもただ偶然に入ったんじゃなくてね。なぜ入ったかというと、命が懸かったわけですよ。終戦間際でね、兵隊検査に行ったらね、合格したらすぐ出なきゃならない。で、戦場は南の島です。戦場に行く前にみなやられてしまう、海でね。だから僕も出征したら死んでいたと思うよ。だから、命が助かったということがあったからね。そのときの共産党、軍国政府と敵対していたから、兵隊に行くなと、戦争に行くなと。こっちはそれにしたがってやったら命が助かったと。そんなら僕の生きてるのはそのおかげだと。そんならもう少し党のためにやらなきゃいけないと。
ちょうどその頃中国も変わってね、新しい政府ができたわけですよね。そういうことから日本もね、これは社会が変わらないと自分の能力を生かすようなことはできないんだと。
若いときには単純率直に考えてしまうんだけどさ。それじゃきのこやるためにはね、その前に国を変えなきゃいけないと思ってたわけだ。で、国を変えたらきのこをやれると。若かったから単純に考えた」
しかし、実際にきのこ研究を始めるまで10年以上の歳月を無駄に費やすことになる。東京・五反田駅の鉄道員を5年ほど務めた後、共産党系の生活協同組合の売店で住み込み店員を10 年ほど続けるが、その間、党員とのトラブルもあって次第に共産党に嫌気がさす。

党の紹介で子連れ未亡人と「強制結婚」

結婚したのは共産党を離党する直前だった。しかしこれは青木の言葉によれば「強制結婚」だったという。
共産党員が彼女を連れてきたわけだよ。彼女がね、有名な大学だけどさ、そこの売店に勤めてて、そこから結婚の紹介としてきたわけだ。僕は結婚するともしないとも言ってないわけだ。言ってないのにもう乗り込んできたわけですよ。荷物積んでね、もう引っ越してきましたと。子供連れてね。もうしょうがないから、結婚するからと。まあ半分強制でしたね。
結婚そのものには最初から何も希望は持ってないですよ。男女だとかね、結婚だとかね、なにもないですよ、僕にとってはね。夫婦だけじゃなく家族でも同じこと、人間関係がないんだから
臨時の作業補助員として衛生研究所に就職。子連れ未亡人と結婚した青木は、離党後まもなく生協店員の職を解雇され、再び職探しを始めなければならなかった。
「そして職安に行ったら、たまたま衛生研究所の環境衛生部から1人だけ募集が来ていたわけ。そのときすでに関心がきのこのほうにいってるわけ。顕微鏡とかカメラとか、きのこ研究に必要なものはすでに集めていた
だから職を決めるときにね、何でもいい、給料も安くていいと。ただ、その当時はね、公務員以外の一般の会社では休日が1か月に2日しかないんですよ。日曜はあっても全部の日曜が休みになるわけじゃない。だからね、月4回休めればいいと。公務員ならどこでもいいと。衛生研究所の募集を見て、もう僕は「これでいい」と。僕以外に応募が誰も来なかったんだ。月給が170 円で安かったんだ。
当時は最低でもニコヨンといってね、240 円です。170 円というのは最低よりもまだ下でしょ。しかも臨時。なんでそんな安いかというと、環境衛生部の作業員を募集してるんだが、作業員でも240 円だが、それより下の作業補助員という名前付けてた。まず採って様子見てというとこあるでしょう。で、結局作業補助員で入ったわけだ。環境衛生部、僕以外はみんなふつうの技師。大学出た連中ですけど。作業員というのは1つの部署で1人か2人いるだけなんだよ。もう1人は動物飼育だ。僕は雑役、物品の整理だとか、出張するときは集めて整理して持ってかなきゃならないんだね。僕は技師を手伝うだけ。ふつうは雑役だけする。ところが僕は書くことができるわけだ。共産党でガリ切りしたり、書くことは慣れてたから。環境衛生部でも請求書を書かなきゃならんでしょ、事務やらにゃならんでしょ。こりゃ重宝だと。技師が試験と同時に、試験の成績ださにゃならん。それを僕にやってもらってたんだから。だから本採用になったんだけどさ」

出勤前にキノコの研究-ヒトヨタケに出会う

昭和35 年(1960)、東京都の衛生研究所に勤めるようになってから、青木のきのこ研究がやっと本格化した。
「衛研に出勤するには朝の7時には家を出なければならなかった。帰ってくるのが夜の7時。だから、夜の7時から朝の7時までだったら毎日きのこ研究ができると、こういうことを発見したわけですよ。夜は採集はできない、やっても能率が上がらない。で、夜明けだったら昼間と変わらないくらい採集できるということになってね、4時頃かな、夜明けにもう採集に行くわけですよ。そうするとね、いままで考えていなかった世界が現れた。
きのこの中でヒトヨタケ属というのがあるんですよ。ところが、ヒトヨタケ属の多くのきのこは発生する時間が夜明けしかないわけ。
昼間は、大きい一部のヒトヨタケは溶けきれずに残っている。しかし、多くは7時頃にはもうなくなってる。昼間行ったって何にもない。ところが夜明けに行けば大群落になってるわけ。そういうことを発見した。それでね、なぜヒトヨタケ中心に研究するようになったかというとね、朝行くでしょう、すると結局ヒトヨタケに集中してしまうわけだ。ふつうの種類はね、夜まで冷蔵庫入れておいてね、夜帰ったら検鏡すればすむ。ところがヒトヨタケは朝のうちに処理しなけりゃだめなの。7時までに。そしたら、採集に行くのに1時間くらいかかるでしょう。そのあとだから、5時から7時、その間に図版にあること全部やらなきゃいかん
それをどうしてするかというと、生態図は、これは描かなきゃだめなわけだ、夜になったら溶けてるから。そのあと検鏡図だ。顕微鏡写真撮ってたというのはね、顕微鏡写真をもとに図を作れば、顕微鏡写真は速く撮れて、しかもそれを図にするのはいつでもいいと。
暇なときにね。そこで、短時間に全部撮っちゃうわけだ。そのときに写真撮るだけじゃだめでね、観察しながらね、写真撮ったものを解説ができるように特徴を書いておく。それは最後には捨てるんだけどさ。実際まとめてしまえば要らないんだから。そこまではとっておかなかった。千葉へ送るときは顕微鏡写真のフィルムだけは、あとからでも、例えば青木が作った図版はインチキだと言われたときのためにね、どの図でも必ず写真があるんだから、証拠になるんだからいちおうとっといた。でも、僕の顕微鏡写真というのはそれが目的なので、きれいである必要はなかった」
専門家には相手にされていないと感じていた写真の引伸機を使った検鏡図の書き方、ヒトヨタケを観察するために栽培をよく行ったことなど、研究法についての話は尽きないのだが、長くなるのですべて割愛する。
さて、衛生研究所の目と鼻の先には、まったくの偶然だが、国立科学博物館の新宿分館があり、そこに土居祥兌氏が勤務していた。
「一般の人が土居さんのところにいろいろきのこを持ってくるわけだよ。すると土居さん、困るからね、『青木という男が隣にいるから持っていきな』と。土居さんの前が大谷(吉雄)さんだったかな、大谷さんもよくこっちに寄こしましたね。僕は環境衛生部だから、きのこの鑑定なんていうまったく関係ないことをしなきゃならなくなった。きのこの食毒の関係では食品部からも僕のほうへ来るわけですよ。だから、来てもね、すぐにできないから待ってくれというかっこうにしてたんですよ」
大谷氏や土居氏との出会いがきっかけなのかどうか、その点は聞き漏らしていて定かでないが、この頃に青木は日本菌学会に入会している。しかし、長くは続かなかった。
「菌学会ができて何年かして入会したんだけど、アマチュアなんか最初から削除だよ。レベルが低いと言って相手にしないし、レベルが高くなると邪魔になってくる。向こうから隠れて顔を合わさない。
本郷(次雄)さんとこ初めて行ったときもね、『ここには資料は何もありませんから。文献類は一切ありませんから』と言ってね、何にも。僕は何か見せてくれるかと思ってたけど、そういうことは最初からない。
専門家には最初から相手にされてない。レベルが低いってことも事実だけどさ。だからもう菌学会は行ってもあんまり意味がないと。
ただ、資料はあるけれども、たいした量じゃないからね。それなら僕は途中でね、やめたほうがいいと思った。そういう人と付き合ってると研究上の意識がね、低下する。こっちの研究意識がやられてしまうわけですよ。熱意がなくなってしまう。
僕のきのこ図版がなぜそんなに詳しく書いてあるかというと、それは純粋性だと思ってるわけだ。つまり打算だとかね、出世だとか名誉だとか、そういうものが入って専門家ってのはやってるでしょう。そういう意識に蝕まれると研究意識がなくなってくるんだ。だからそういう世界からは離れた方がいいと思ってね。僕が図版で書いてるのはね、きのこと僕のね、あいだの問題だから。第三者は入らない。
それが入ってくると書き方がずるくなってくる。僕が書いているのは僕ときのこのあいだの世界だけなんだ。そこへきのこ同好者の誰とか専門家とか入ってくると、書き方がね、そんなに書けないです。だから、詳しいことでもね、ふつうならそんなこと書くの時間かかってしょうがないことでも、書けるってのはね。打算を入れないから書けたわけです」
菌学会にもあまりいい思い出のない青木だが、浜田稔氏や相良直彦氏らは青木を高く評価していた。青木自身も両氏がアマチュアに好意的だったことは認めている。しかし、青木にはそれでも不満だった。
「浜田さんは表面的にはアマチュアに好意的なふりをしすぎるね。そこまでアマチュアのレベルが高くないのに高くとったりね。浜田さんの次は相良(直彦)さんでしょう。相良さんも同じ系統なんだな。本郷さんとけしかけるようにしてね、僕を持ち上げてね。本郷さんも応援するようなかっこうにしてね。
そのやり方がね、本当に心からやってるんじゃないと。心は案外、アマチュアはだめだとかね、思いながら持ち上げるんだね

日本きのこ同好会の結成と青木の「休会」

さて、「日本きのこ同好会」は、青木の菌学会退会と前後して発足した。どっちが前で後だかわからない。この辺が「アバウト」なゆえんである。
会発足の発起人はもちろん青木自身である。
「菌学会の名簿見て、きのこやってそうな人を拾ってね、そこに手紙やってさ、『同好会作りますから、参加してもらえますか』と参加者を集めた。30 数名だったね。僕がちょっと驚いたっちゅうか、がっかりしたのはね、同好会に入るっていう人たちはだいたい理科の先生なんだよ。学校の理科の先生じゃ、立場上の手段として入ってるっちゅうだけで、研究だってそんなにするかどうかわからない。だから僕はがっかりしたんだ」
同好会の活動内容についての話もここでは割愛するが、「なぜ同好会をやめたのか?」という点にはふれておこう。青木はこう語っていた。
「同好会に興味がなくなった。雑用ばかりでね、研究のじゃまになった。しかし、会をやめるというと、いろんな意見が出てきてね、やめるかどうかについてまた論議しなきゃならないと。しかし、僕はもうやる気がなくなってるんだからね。論議して納得させるのが大変だから、そんなことで都合で休会しますって言った。休会するというのを吉見(昭一)さんなんかは、疲れて忙しくてできないと受け取ったんじゃないかと思うんだけど、ちょうど吉見さんもその頃定年かなんかで退職してたかもしれんね。それで、自分だってできるような時になってたわけだろう。だからね、僕は会の残金を全部吉見さんとこに送ってさ、吉見さんにあとやってもらおうと思ってね。だけどそのとき僕は退会すると言ったんですよ。それでもやるなら吉見さん、やりなさいと。ただそのとき吉見さんがやると言ったのは、青木が書いてね、いままでと同じように出すという。会報だって書く人いないし、図版だって僕が書くしかやる人いないんだからね。会報だって主として僕が書いてたんだから。
吉見さんが会長になって発行するかというと、それだけのあれはなかったと思うよ。吉見さんも結局やると言ったけれども、僕が疲れていると思ったんだろうから、雑役だけでもやろうと思ったんでしょう。ところが僕自身が退会しますからね、青木が退会しましたってことを同好会で発表しなきゃならんでしょ。そういうの吉見さんとしてもできないでしょ。結局それで休会ということになった。
吉見さん次第でできる可能性もあるから、僕もね、もうこれで終わりで『ない』とも言えないからさ、そのあとの図版をどうするかと僕は考えたんだ。同好会という名前も本当は・・・しかし若干の可能性もあるから同好会という名前をとってしまってはまずいと。
だから同好会という名前だけはとらないでそのまま付けておくと。しかし、いついつか発行したというのはなし。日付は入れないことにした」
吉見が預かった同好会の残金7万円弱は、平成16 年12 月21 日、未亡人によって災害義援金として寄付された。青木宛に送られてきた郵便局の受領証には、依頼人名として「日本きのこ同好会 代 吉見昭一」とある。青木はその1枚の小さな紙切れを差し出しながら、「また誰かがやるというなら無一文からやってもらうしかない。そういうこと。もう何もないわけだから、さっぱりしていいです」

と語った。どこか懐かしむような、すがすがしい表情だった。
退職後が一番研究に没頭できた時期だった同好会をやめた青木は、それまで以上の情熱をもってきのこ研究に打ち込んだ。どこかに発表するあてがあるわけでもなく、ただひたすら研究心のおもむくままに、自らの傍らに新たに書き上げた図版を積み上げていく。
彼が繰り返し語った「僕ときのこのあいだの世界」、つねに新しい発見があるその世界に、彼は没頭した。
「僕が定年退職したのが60 歳。そして60歳から70 歳、この時期がいちばん集中できた。
没頭できた。退職したあとの10 年がいちばん
よかったね」
千葉菌類談話会通信 24 号 / 2008 年3 月 49

------------------------------------------


続きを読む
  1. 2009/11/24(火) 13:42:27|
  2. きのこ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

やさしくなりたい

ごめんなさい。

色川武大の、人にやさしくしてしすぎることはない、みたいな言葉が大好きでした。

甘かったです。すいません。

Sが今年死んだ人特集していましたが、
僕にとっては

crampsのLux Interior



Big starの3rdをプロデュースしたJim Dickinson


が大きかった。

どちらもalex chilton関連ですが。

  1. 2009/11/20(金) 21:41:35|
  2. きのこ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

The Times They Are a-Changin'

今年も佳境。嫌です。

今年のおくやみ

1月 青山孝史さん(フォーリーブス)、エリオ・グレイシーさん(グレイシー柔術の創始者)

3月 伊藤隆大さん(俳優)、五郎兵衛さん(上方落語協会前会長)

5月 石本美由起さん(作詞家)、栗本薫さん(作家)、三木たかしさん(作曲家)、忌野清志郎さん(歌手)、久保田進さん(サウンドコピー)

6月 三沢光晴さん(プロレスラー)、マイケル・ジャクソンさん(歌手)、テッド・タナベさん(プロレスレフェリー)、純恋(SUMIRE)さん(モデル)

7月 川村カオリさん(歌手)、山田辰夫さん(俳優)、アベフトシさん(元ミッシェル・ガン・エレファント)、勝野七奈美さん(キャシー中島の長女)

8月 レス・ポールさん(ミュージシャン)、音羽たかしさん(作詞家)、板尾創路の長女(名前非公表)、山城新伍さん(俳優)、熊田千佳慕さん(細密画家)、

10月 三遊亭円楽さん(落語家)、南田洋子さん(女優)、津久井克行さん(class)

11月 森繁久彌さん(俳優)、大浦みずきさん(女優)
参考:yahoo オリコンスタイル





今年もいっぱいお亡くなりになりました。自分が年をとってきたのか、今年は自分の中でのビッグな芸能人(スター)が結構お亡くなりになられた感じがします。
政権も交代したし、「時代の変わり目が来ている気がしています。」と須藤元気もいっていました。
豪さんのポッド 吉田豪のサブカル交遊録

(S)
  1. 2009/11/20(金) 06:20:29|
  2. コラム
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

カレンダー

10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

最新記事

プロフィール

平成きのこブラザーズ

Author:平成きのこブラザーズ
『平成きのこブラザーズ』
-きのこの山(Y)- と -たけのこの里(S)- と-特派員(T)- の3人によるきのこ狩りの記録をクロニクル

USTREAMで稀に生放送

USTまぼろしのきのこ

最新コメント

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
趣味・実用
22555位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ガーデニング
1784位
アクセスランキングを見る>>

カテゴリ

きのこ (315)
日記 (59)
ねこ (4)
五七五トゥイーター(2012) (42)
五七五トゥイーター(2011) (108)
五七五トゥイーター(2010) (95)
コラム (7)
おかし (11)
my BUNGU (10)
今週のJUNK (12)
映画 (10)
グレイトジャーニー (1)

ブックマーク

最新トラックバック

なかのひと

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QRコード

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。